Laboratory of Landscape

村上修一研究室

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3回生ゼミ演習(2019年)

干拓地は再生内湖の夢を見るか?
この土地には,かつて,内湖という水域が存在したが,1960年代後半から70年代初頭にかけて干拓事業が行われ,陸域となった。ところが,事業半ばにして水田の造成という目的が失われ,畑地化のためのかさ上げ,ビニールハウスの建設,公園や種苗施設の建設,公共残土の受け入れ,といった経緯を経て今日に至っている。

一方,西で湖,東で山,北で山や川,南で農地と集落に接し,自然豊かで開放的な景観を有するとともに,水郷地帯が現存するなど沿岸域エコトーン再生の可能性を秘めた土地でもある。

そこで,仮想プロジェクトとして,今後30年間に起こるかもしれない災害や社会変化を想定し,空間再編の具体的なシナリオ・デザインを行った。


想定する社会状況:
IoTやAIの技術革新が進んで生活様式が変化,多くのことが自宅で完結するようになる。そのため,屋外に出て人や自然とふれあう場が,より一層求められるようになる。

想定する災害:
2030年:200年に一度の大雨で浸水被害を当地が受ける。
2040年:南海トラフ地震が起こり地域外からの避難者を受け入れる。
2020年~2025年

地主グループが企業を誘致,その企業が既存の運動公園の一部とその北側(下図の破線内)にキャンプ場を整備し運営する。湖周遊ルートの拠点となり,湖や山の眺め,野菜収穫や釣り,運動が楽しめるキャンプ場とする。キャンプ場には,テントサイトの他,アスレチックフィールド,キャンプファイヤー広場,BBQハウスがあり,歩行者デッキがそれらをつなぐ。





コテージ,アスレチック,歩行者デッキ(左) BBQハウス(右)

次に,キャンプ場を運営する企業が,北側の土地を整備し,農園および貸農園を運営する。売り上げの一部は,地主に還元される。農園で獲れた野菜はBBQハウスで用いられる。貸農園の借主は,好きな時に好きな野菜を自由に育てることができる。雇用されたシニアが農園や貸農園の管理を担う。元の種苗施設を農業学校として活用することで,農業技術指導が得られるようにする。




農園と貸農園のシステム図


農園とクリーク(左),高床式コテージ(右)

農園および貸農園とともに,クリークを整備する。川沿いの複数の取水口から,中央の幹線排水路に向かって,土地の高低差にそくして,ゆるやかに流れるよう配置する。博物館学芸員の監修のもと,湖固有の水生生物の棲みかとなるような形状とする。沿岸域生態系の研究・展示施設として,来訪者が水面に近づけるよう桟橋を設け,沿岸には水辺林を形成する。


数値は琵琶湖標準水位に対する地盤の比高


クリーク沿岸の様子


野外展示(左),廃タイヤの浮島づくり(中),魚つかみ(右)

さらに,運動公園の東側にあるビニールハウスが空くことを想定し,ニュースポーツ施設として再利用する。年齢や障害の有無にかかわらず誰もが気軽にスポーツを楽しみたい,という社会のニーズに応えるものである。




ニュースポーツ施設
2025年~2030年

キャンプ場の運営企業は,運動公園の一部を道の駅として整備し運営する。食堂,カフェ,銭湯,売店,直売所,展望台を有し,展望台の周囲には静かな森を形成する。また,大きな広場を設け,国の無形民俗文化財に指定されている火祭りや朝市を行う。災害時の一時避難場所や避難所としても機能する。




道の駅

また,クリーク沿いに形成してきた水辺林を,敷地全体に行き渡らせる。湿地に適し,四季の移ろいを楽しめる樹種を選定する。また,川沿いの護岸を階段状の親水空間とする。ヨシや水草がクリーク沿いに自生し,鳥類や魚類の棲みかとして充実する。


沿岸生態系の再生



2030年

200年に一度の大雨により,地盤高の低い北側の農園・貸農園エリアに2~4mの浸水被害が生じる。キャンプ場は2m未満,南側の土地は1m未満の浸水で,2031年にはもとの運営状況へ戻る。


浸水深3~4mの範囲
2035年~2040年

地主のグループ,キャンプ場の運営企業,地元自治体が連携し,今後の災害に備えて被災者を受け入れる空間を,地盤高の高い南側の土地に整備する。地元自治体と友好都市・災害時応援協定を結んでいる7 都市から870人を受け入れる計画とする。




被災者を受け入れる空間の整備

住宅や公園をゆるやかな曲線の通路で結び,要所にベンチを配置することで,各地から来られる住人の相互交流を促す。


まちの様子



集合住宅と戸建の双方で,複数のタイプを設定し,様々な住まい方に対応できるようにする。希望により永住することもできるような木造またはRC造の設えとする。可変間仕切りとし,ユニバーサルデザインを多く取り入れ,年齢や障害の有無にかかわらず,快適な暮らしが可能な住まいとする。また,冬季の厳しい冷え込みに備え,断熱性や気密性を高める。


住宅の内観
2040年

南海トラフ地震が発生。7 都市から870人を受け入れる。

2045年~2050年

避難者の一部が定住するようになる。

住宅地の西側では,空いているビニールハウスをカフェや屋台に改修する。北側のキャンプ場や農園,南側の住宅地や運動公園の間にあって,人々が集まり交流する空間とする。


ビニールハウスのカフェや屋台
最後に

干拓事業後のかさ上げにより,南側の土地は浸水被害を受けにくい。そのため,住宅地の整備が進む前(例えば2030年)に南海トラフ地震が発生したとしても,浸水被害を想定して南側に仮設住宅をつくることになる。このように,この土地は,北側の低地で再生内湖の夢を見ながら,いつ起こるかわからない災害に柔軟に対応してくだろう。
指導:村上修一,轟慎一,西村成貴(TA)

制作:朝日ひかる,足立舜,井口とも,梅澤優紀,小辻萌菜里,中野美香,西村実穂,橋目恵里
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